パーソナルスタイリスト 中村龍太の着る人が輝くスーツ選び【第2回】
悲しみの席の服装マナーとは?10年着られる「喪服」の知識とオーダー方法のアイキャッチ画像
パーソナルスタイリスト 中村龍太の着る人が輝くスーツ選び【第2回】
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パーソナルスタイリスト 中村龍太の着る人が輝くスーツ選び【第2回】 悲しみの席の服装マナーとは?10年着られる「喪服」の知識とオーダー方法

男性が着用するスーツのなかでも、葬儀で着るためだけに仕立てられた特別なスーツが「喪服」です。

冠婚葬祭のマナーが細かく決まっている日本。とくに葬儀の場合は、亡くなった方との関係性、葬儀を執り行う場の格、宗派や地域ごとのしきたりなど、考慮しなければいけないことがさまざまあって、参列経験の少ない人は「何を着ていくのが正解?」「どう振る舞うのがいいの?」と、悩んでしまうことも多いと思います。

今回は、そんな喪服の知識とマナーについてお伝えします。これから喪服を仕立てる方は、ぜひ参考にしてください。

社会人になったらつくっておきたい「喪服」

「冠婚葬祭」という四字熟語は、日本で行われる儀式を総称したもので、「冠」は成人式、「婚」は結婚式、「葬」は葬式、「祭」は現代のにぎやかなお祭りとは少し意味が異なり、祖先をまつる行事、つまり法事や法要、お盆やお彼岸などを指しています。

どの儀式も、一定のドレスコードのなかである程度の服装の自由が許されているなか、唯一「喪服一択」と選択肢が決まっているのが葬儀・葬式です。

社会人になりたての若い頃には、葬儀に参列する機会はそれほど多くはないかもしれませんが、人の死は予期せず訪れることがほとんどです。突然の訃報が届いてから、喪服をオーダーしていてはとうてい参列には間に合いません。
ですから、制服での参列が許される学生時代を卒業したら、喪服を仕立てておくことは、いち社会人としてぜひ検討してほしいと思います。

 

ただの黒ではない、喪服のためだけの「深い黒」

「お葬式の正装ってブラックスーツでしょ? 就活時のスーツで代用できるのでは?」

とくに20代ではそう感じる方が多いかもしれません。
たしかに、海外では黒いスーツ=喪服という概念があります(ですから、就職活動で多くの学生がブラックスーツを着用する様子を見て、外国人の方はとても驚きます)。
ところが日本において、一般のブラックスーツと喪服用のブラックスーツは、“別もの”と認識されているのです。

「着るものの色は黒ければ黒いほどよい。黒が深いほどより深い悲しみの表現になる」――それが日本人の考え方。そのため、ブラックスーツ用とは別に、喪服を仕立てるために作られた深い深い黒の染料が存在します。
その特別な黒の染料で染められた布で仕立てたブラックフォーマルスーツが、日本の喪服のスタンダードということなのです。

深さを追求された特別な黒は、高度な染織技術があってこそ生まれたもの。
写真では違いがよくわからないかもしれませんが、実際にお店で見てみるとその“黒”の違いは一目瞭然です。実際に喪服をオーダーする際に、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

そんなわけで、喪服のためにつくられた生地が存在する以上、「まだ若いから」を言いわけに、いつまでも就活スーツで代用し続けるのは好ましくありません。学生時代に仕立てたスーツは社会人経験を積めば積むほどなじまなくなってくるものですしね。

 

「すべてにおいて中庸」であることが大前提

この「なじむ」「なじまない」という感覚は、喪服選び、そして実際に葬儀の場に参列する際に、実はとても重要になってきます。

葬儀とは、亡くなった方に最後のお別れを伝える場。
よく「厳(おごそ)かに式が執り行われる」といった表現が使われますが、言葉の通り、おもおもしく静かで威厳のある葬儀の空気を壊さないためにも、そして親族の悲しみに寄り添うためにも、できるだけ目立たないようにその場に在ることが、参列する際の大前提です。
例えるなら、芝居の黒子になった気持ちで服装にも立ち居振る舞いにも配慮する。決して大げさな言い方ではなく、それが葬儀に参列する人の一番大切なマナーだと心得てください。

ですから、今風シルエットのスーツで他の参列者の目を惹いてしまうことは避けたいことのひとつ。
仮に「あの人のブラックスーツ、かっこいいな」といったネガティブではない目立ち方であっても、目立つこと自体が悲しみの場にはふさわしくないのです。
逆に、古いデザインの野暮ったいスーツ、サイズ感の合わないスーツで悪目立ちしている人も「場になじまない存在」といえるでしょう。

では、「葬儀の場にふさわしいブラックスーツ(喪服)」とは、はたしてどのようなものなのでしょう?

ひと言で答えるとしたら、それは「中庸なスーツ」です。

「中庸」とは、偏ることなく調和が取れていること。穏当で中立的であること。中の道を行くこと……などと国語辞典には書かれています。
スーツに当てはめると、太くもなく細くもなく、古くも新しすぎるわけでもなく、着ている人の動きを妨げることなく、目立つことなくスムーズに動作できるデザイン、シルエット、素材のスーツ……ということになります。

これ、なんとなくわかるようで案外難しいと思いますので、具体的に説明していきますね。

 

「中庸な喪服」をオーダするポイントは?

■中庸なジャケットのサイズ感
着たときに、肩に軽くつまめるくらいに余裕があるジャケットであること。二の腕が張って肩のラインから出てしまうジャケットは肩幅が足りていないので、喪服としてはスリムすぎます。
また、ボタンを閉めたときに握りこぶし1つ分が入るゆとりがあること。手のひらしか入らない場合はフィットしすぎですし、逆に握りこぶし2つ分以上入るようなら1,2サイズ大きいです。

■最大のポイントはジャケットの襟
ジャケットの上襟と下襟の境目のラインをゴージラインといいます。実はこのライン、時代の推移とともに微妙に位置が上下しています。バブル時代はとても下がっていましたし(だからいま見ると時代遅れに見える)、2000年代に入った頃には一気にハイゴージとなりました。
喪服の場合はもちろん“中庸がいのち”ですから、鎖骨に乗るくらいの位置にあるゴージラインを意識してください。
同じ理由で「襟幅」も、標準的な8㎝幅をベースに、小柄な方は7.5センチ、大柄な方は8.5センチと体型に合わせるとバランスが取れます。

■パンツのオーダーは裾幅に気をつける
現在の一般的なビジネススーツは、喪服としては少し細すぎるシルエットだと覚えておきましょう。細身のシルエットのスーツは脚が長く見えますし、シュッとカッコ良く見える効果もあるのですが、先にも書いたように、葬儀の場では“カッコいい→目立つ→なじまない→好ましくない”という方程式が成立してしまうので注意が必要です。
また、細いパンツの立ち姿は美しいのですが、座った時のゆとり量が足りない傾向にあります。通夜の席上やお寺での葬儀の際、畳の上に正座で座ってもつっぱらないくらいのゆとり量は確保するようにしましょう。
「パンツの裾幅を20㎝よりも細くしないこと」――この目安を覚えておくとオーダーしやすくなると思います。

以上のポイントは、喪服に限らずスーツを中庸に仕立てるとき・着こなすときの共通項です。葬儀以外でも、ビジネスシーンで真面目で誠実な印象を与えたいときや、堅い業種のお客様を訪問するときなどのスーツ選びにも応用できますので、ぜひ覚えておきましょう。

 

1着の喪服でオールシーズン対応するヒント

いつあるかわからない葬儀。今日、突然お知らせがくる可能性もあるので、社会人になったら喪服は早めにあつらえておきましょうというお話をしてきました。

ただ、「じゃぁ、どの季節を想定して作ればいいの?」と、悩んでしまう人もいるのではないかと思います。
真夏でも真冬でも、季節を問わず葬儀に参列する可能性はあります。とはいえ、日常に着るわけでもない喪服を季節別に何着も用意しておくのはおサイフ的にも負担が大きいですよね。

そこで解決策となるのは、“合い物(あいもの)”で喪服を仕立てる方法です。

服を仕立てる生地は、基本的に春夏秋冬、それぞれの季節用に作られていますが、実は、季節を横断して来ていただけるように開発されたものもあり、それが“合い物”と呼ばれています。

合物を選ぶ際の基準は生地の重さ(目付け)です。
生地の目付けが250グラムから280グラム前後のものが多いです。
夏用、冬用の生地に比べると薄すぎず厚すぎずなので、見た目ではっきりと「季節はずれのスーツ」に見えることはありません。

どれくらいの目付けの合い物を選ぶかは、ご自分が暑がりなのか(目付け250グラムより)、寒がりなのか(目付け280グラムより)で考えればいいでしょう。
そのうえで、保温性の高い下着や吸湿性の高い下着を着たり、ジャケットの裏地を総裏にするか背抜きにするのかを選んだりすることで、ご自身にぴったりの通年着られる喪服を目指しましょう。

下着にかんする詳細は別の回に譲りますが、スーツと下着の関係性も知っておくと非常に快適に過ごすことができます。とくにスポーツウエアブランドの下着は、機能性がとても高くおすすめです。さまざまなタイプが出ていますので、ニーズに合うものを探してみてください。

 

知っておきたい「葬儀の格」

最近では家族葬や火葬のみなど、シンプルでこぢんまりとした葬儀をおこなうケースも増えているようですが、社会人になれば、お客様の親族や取引先の幹部クラスなど、規模が大きくフォーマル度の高い葬儀に参列する機会もあると思います。

葬儀にしろ結婚式にしろ、フォーマルな場には必ず“格”が存在します。その“格”に応じてコーディネートが考えられるようになれるといいですね。

葬儀の“格”が決まるのは、以下の3つの要素です

① 亡くなった方の格(親族なのか取引先の役員クラスなのか等)
② 葬儀場の格(家族葬なのか由緒ある寺社や教会、有名な葬儀場なのか等)
③ 葬儀場の規模感(自宅か地域の斎場か数百名規模のホールなのか等)

これら①〜③の違いによって、葬儀に参列する人たちの格も自然と変わってきます。

例えば、親族のみの小さな葬儀なら喪服ではなくダークスーツで許される場合もありますし、寒いときにはジャケットの中にカーディガンを着てもOKなど、少しラフな気持ちで参列できます。一方で格の高いお寺や社会的地位が高い人の葬儀ではそういうわけにはいきません。

葬儀の格が変われば参列する人たちの格も自然と変わってきます。いつどんな格の葬儀に参列することになっても慌てないためには、喪服に合わせる小物類をモストフォーマル(最上級の格)で揃えておくのがポイントです。

以下、アイテム別に見ていきましょう。

 

あらゆる葬儀に参列できる「最格上の小物類」

■コート
コートの格は、チェスターコート→ステンカラーコート→トレンチコートの順です。
チェスターコートとは、ジャケットと同じ形の襟を持つコート。これを持っていれば困ることはまずありません。
チャコールや濃いネイビーでも構いませんが、一番なじむのはやはり黒です。ベージュ系の色味やトレンチコートではややカジュアルに寄りすぎますので、格の高い葬儀には向きません。

■靴
フォーマルな靴=黒革の紐靴です。その中でも最上級はストレートチップ、次がプレーントゥになります。
着脱が楽なせいか、お寺での葬儀などではローファーを履く人を見かけますが、その語源が“なまけもの”というくらいで、ローファーは喪服に合わせる靴ではありませんので、ご注意ください。

■カバン
香典を包むふくさや数珠などの小さなアイテムはジャケットの内ポケットに収めることもできるので、男性の場合はほぼ手ぶらで済む場合が少なくありません。
斎場に持ち込む荷物が多い場合は、黒のセカンドバッグやクラッチバッグなどがおすすめですが、私は、「会社で使っている黒のビジネスバッグでも問題ありませんよ」と自分のお客様にはお伝えしています。

 

10年着続けられる喪服をあつらえてみましょう

いかがでしたか?
「中庸」を意識し、今回お伝えしたポイントを網羅して喪服(葬儀用のブラックスーツ)を仕立てれば、少なくとも10年は着続けることができると思います。

アジャスターの画像は一例です

ただ、ミドルエイジになると、たいていの男性は数キロ太ってしまいます。健康のためにも体型はできるだけ維持してほしいですが、例えばパンツにサイドアジャスターを付ける、1本タックを入れておくなどしておけば、より長く着続けることができるようになると思います。

もちろん、40代、50代のみなさんにも今回のポイントはすべて当てはまります。手持ちの喪服が「古くさくなったな」「なんだか野暮ったく見えるな」と感じたら作り替えどき。次はぜひ、長く着られる1着をオーダーしてみてください。

(構成・文/阿部志穂)

 

中村龍太さんプロフィール

文化服装学院ファッション流通専門課程スタイリスト学科卒業。ニュースキャスターやタレント等、メディアで活躍する人物のべ3000人のスタイリングを手がける。政近準子氏が代表を務めるファッションレスキューから独立し、現在はフリー。『メンズファッションの方程式』(成美堂出版)監修、政近準子著『一流の男の勝てる服 二流の男の負ける服』(かんき出版)、『チャンスをつかむ男の服の習慣』(角川出版)ともに執筆アシスタント。高島屋新宿店 パーソナルスタイリストステーション在籍。日本経済新聞をはじめ、新聞・雑誌・テレビ等への出演実績、講演実績も多数。